症例 10: 89歳 男性 認知症徘徊患者
田舎には各地区の連絡に有線放送や野外放送がある。
我が家の場合は有線テレビがあり、有線放送も流れる。
毎朝6:30からはゴミの回収についてやお悔やみの告知・農業関係の連絡などがはいる。
10年程前、内科病棟に勤めていた頃の話。
その日は隣町の行方不明の方の放送が流れていた。
昨夜から行方不明になっている男性で「 茶色の服に紺色のジャンバー」 などと特徴を言っていた。" こんな寒い日に大丈夫かなぁ" と思いながら支度をして通勤した。
日勤が始まり、日常業務に忙しく動き回っていた。
昼過ぎに
「入院がくるからお願い」と病棟師長から言われ、情報をとって入院を受け入れた。
" あぁ!
朝の放送されていた人だ!
生きていたんだ!"
と思い、迎えに行った。
かなりの認知症で夜中にトイレに行ってそのまま外に出たらしい。
近くの河原の草薮で見つかったそうだ。
疲労はひどく、点滴をしてウトウトしていた。
擦過傷はあるが骨折などはなく一安心した。
それからが大変だった。
ベッドであたたまり、体力が戻ってくると同時に徘徊が始まったのだ。
ずっと病棟の廊下を行ったり来たり。
多分かなり働き者だったのだろう。
体力もある。
歩きすぎて足がむくんでもずっと歩いていた。
日勤で何回も受け持ちになり、会話もだいぶ通じるようになった。
こちらの言うこともわかってくれているようだった。
ある夜勤の日、
その夜は徘徊がひどく、落ち着かなかった。
消灯になるので廊下の隅まで歩いていたSさんに
「寝る時間ですよー」と無防備に腕を取ろうとして、顔を殴られた。暴力は初めてだった。
メガネが飛んで、ビックリしている私の手首をぎゅっと掴んだ。慌てて逃げたが、とにかくショックだった。
私はなんとなく縁を感じていて、私の事もわかってくれていると思っていたから…
しばらくしてSさんは我に返って
「娘っ子を殴っちまった」と頭を抱えて座り込んだ。
何を言っても動かず興奮しているので、困ったときに呼ぶとすぐ来てくれる弟さんに連絡した。そしてだんだん落ち着いて部屋に戻った。
「認知症の人は不安が強く、忘れてしまうので何回会っても初対面と思う」
という認知症認定看護師の言葉が浮かんだ。
私もまだまだ認知症看護がわかってないなぁと思った出来事だった。
それからは認知症の患者さんと対応する時はいつも初対面と思い、気持ちを引き締めて、慣れずに対応するように心がけている。